内省の日々

24歳。生きづらさを抱えてもがく。

このブログを10年、20年後に読み返した時に何を思うか

今日は友人とロフトで手帳をみていた。「仕事の気づきをメモに残したいから手帳探しに付き合ってほしい」とのことだった。

 

手帳を探しながら、「そういえば僕もこうして自分の気づきをブログに書いたり、1年半前から日記をつけたりしてるなー」と思っていた。

 

友人と別れた後、ふとこんな考えが浮かんだ。

「もし20年後にこのブログを読んだら、自分は何を思うのだろうか」

 

「青いな」と思うのかもしれないし、「意外と良いこと書いてるやん」と思うかもしれない。いずれにせよ、自分がおっちゃんになり下の世代を育てる立場になった時に、若者の感性や考えを理解する助けになるだろう。

 

それに、20年後の自分が読んでも「たしかにそうだ」と思えることは、きっと自分にとって普遍的に重要なことなのだと判断できる。

1年半前の日記やブログ記事を読み返す今でさえ自己発見に役立っているのだから、10年、20年と蓄積されればもっと価値のあるものになりそうだ。

 

どこかの名言集に「人生とは自己発見の旅である」と書いてあって、たしかにそうだなと共感した覚えがある。先日の記事にも書いた通り、「自分が何者であるか」を知ることは充実した人生を送るための鍵だと思うからだ。

 

だから、これからはもっとブログを書こうと思う。せっかく日々何事かを考えているのに、時が経つにつれて気づきやアイデアが消えていくのはもったいない。それに書く中でより考えが明確になることもよくある。

 

1年前ぐらいにも「もっと書きたい」みたいなことを書いてた気がするけど、今度こそ続けたい。最近は「モノ書きで食っていきたい」という気持ちがより強くなっているから続けられそうな気がする。

 

僕には死ぬまでに「自分が書いたものを出版化もしくは映像化したい」という夢がある。

自分という人間が描く世界観は、人々にどう受け取られ、どんな考えや感情を生み出すのかを知りたい。批判されて傷つくこともあると思うけど、きっと自分の世界観に共感してくれる人がいるはず。

 

僕の拙い記事にスターをつけてくださる方もそうだけど、自分の作品に共感してくれる人がいるという事実は「自分だけじゃないんだ」という安心を得られるし、生きる支えになる。

それに「あなたの作品が私の生きる支えになっています」と言ってくれる人がもしできたとしたら、それ以上の喜びはないだろう。

 

今は幸いにもWEBメディアの編集という形でインターンをさせてもらっているので、自分の書く力を高めて、ゆくゆくは素晴らしい作品を生み出せるライターになりたい。

 

話が脱線してしまったが、とにかく書き続け、考えを見える形で残すこと。これを今まで以上に徹底していこうと思う。